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買い物籠はいつ無くなった
近頃はエコバッグという名称で復活しているようですが、昔は買い物籠を下げて買い物に行くのが当たり前でしたね。いわゆるレジ袋など有りませんでしたから。スーパーが普及したのは昭和四十年代(?)でしょうか。その頃から徐々に(?)か一気に(?)か無くなってしまったようです。それ以前は、八百屋、果物屋などでは、新聞紙でくるむことはあっても、籠持参で行くのが当たり前でした。

レジ袋はゴミ捨てに便利だったのですけれど、十何年か前、燃やすと有害ガスが出るということで、地方自治体推奨の大きな袋に変えられたような記憶があります。私の友人は、推奨の袋は珪酸カルシウムが入っており、燃やしてもゴミが増えると怒っておりました。化学に疎いので分からないのですけれど。

レジ袋は有害という事で、石油化学業界の一部で工夫をしたと思います。コンビニのレジ袋に「焼却しても・・・有害ガスは発生しません」と書いてあったりします。それでも、ごみ収集のシステムとか、いろいろな絡みで以前のような脚光を浴びることにはならなかったかな。で、エコロジーというイデオロギーが幅を利かしてきた最近では、レジ袋はすぐに捨てられるものであり、自然に優しくない、使うべきでないという考えが出てきました。使用量抑制のために、スーパーでも有料化をするという手段を取るようになりました。何らかの態度を示さないと、祭りになってしまうような「ファッショ」なのはイデオロギーたる所以でしょう。

では、レジ袋を止めるとどうなるのでしょうか。資源の有効活用になるのでしょうか。どうもそうでも無さそうというのこの問題の根の深さです。レジ袋の原料の大元は原油です。原油の中から、必要な成分を取り出します。取り出すといっても、ガソリンが欲しいから、全部ガソリンにするわけにはいきません。いろいろな成分を抜き取っていき、最後には残渣という形になります。つまり、利用価値の無い成分が残るわけです。レジ袋は、以前は残渣と言われていた成分を利用して作られているという
のです。つまり、資源の有効利用にレジ袋は貢献しているのです。

この構造は「割り箸」によく似ています。割り箸は無駄でしょうか。間伐材を用いて割り箸を作れば、資源の有効活用となります。また、森林を育てる人に資金が還流する良い手段です。太い木材が欲しいから、太い木材だけを採るとバランスが崩れます。それこそエコロジー(生態系)を知らない人の、机上の空論です。ですから、割り箸も、レジ袋も、もうイデオロギーです。信念(思い込み)に基づいた行動ですから、冷静な判断が出来なくなります。それに反対することには、議論さえ許さない風潮を作り出します。学生運動が盛んな頃には「ナンセンス」と連呼すれば簡単に言論を封じ込めた頃とダブります。

議論さえ許さないテーマというのは他にもあります。牛乳の紙パックです。資源利用の最もシンボリックなものですね。再利用をするのは良い事です。ここで疑問に思ったことは、紙パックを回収前に水で内部をすすぐかどうかです。気持ちとして、綺麗にしたいですね。コーラ、お茶のペットボトルもすすいで再利用に回しています。ただ、牛乳は油脂分を含んでおり、その油脂を下水に流してよいかという問題があります。その質問に、回収推進派は、とにかくすすいでくださいとしか答えていなかった記憶があります。それ以上の議論は許さないのです。分からない事を分からないと言わないのです。

良く考えると、再利用する場合は熱をかけるなりしますから、すすぐこと自体にはたいした意味は無いと思います。空き瓶回収の場合、空き瓶の中は良く洗いますよね。中が綺麗であるということは期待できないからです。・・まあ、牛乳パックの場合、複雑な計算をしたのかもしれませんけれどね。

最近、私が聞かなくなった言葉として、「ダイオキシン」、「環境ホルモン」というのがありますが、お聞きになりますか。


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産経新聞、六四事変
産経新聞が今日は26ページある。いつもより2ページ多い。どうしたのだろうということで、六四事変と呼んでみたりした。

そういえば、二十年前にも中国で何かあったようだ。天安門? 六月四日? うーん、産経新聞を読んでみよう。


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すみません、文句垂れますよ、産経さん
ちょっとごめんよ、どいたどいた。謝りながら人を押しのけるわけですが、何か問題ありますか。

ろくに謝るということを知らない韓国人に、文句付けられて恐れ入る産経人もいるのかと驚いた次第。「すみません」と"I'm sorry."を同じだと考えているのかな。"Excuse me."と"I'm sorry."は言い間違えてはいけませんね。でも、日本語の「すみません」は英語"I'm sorry."には対応しないと言い切って欲しかった。「ごめんなさい」もそうだ。

日本語の用法を、なぜに外国人のために狭めなくてはならない。そりゃ、韓国人、中国人は「すみません」、「ごめんなさい」とは言いたくないだろう。

厳格な使い方をしなくてはならない、公の時もあるだろうが、杯を受け取る時に両手で受け取るなり、いろいろと態度は示せるものである。ことばでは「どうも」ですませるということは、そういうことなのだと思うが。

産経新聞、いまひとつ信じられない時があるんだな。まあ、いろいろな社員がいて成り立つのが会社だから、仕方がないのだが。"from Editor"には、リベラルなものがしばしば載る気がする。この場合のリベラルとは鳩山兄が大好きなリベラルという意味であるが。

【from Editor】どうも、すみません
-- (引用開始)(産経新聞2009.6.3 08:13) --
 5月4日付の「談話室」に、韓国から日本語の勉強にきている学生の投稿が載っていた。日本人は迷惑をかけたときも、ありがたいと思うときも、さらには相手のミスのときでさえも「すみません」と言うが、「ごめんなさい」「ありがとう」などと、状況に合った言葉を使う方がいいとの趣旨だった。これには大阪の読者からも、「すみません」は謝るために用いるのが正しいと思うと、賛意が寄せられている(18日付同欄)。

 「すみません」の多用は確かに、外国の人には不思議な言葉遣いに映るだろう。日本人の間でも議論はあるが、国語学者の金田一春彦は「謝ることをよしとする日本人の心の美しさ」ととらえた。席を譲られたとき、「ありがとう」ではなく「すみません」と言う人が多いのも、「私のせいで、あなたが立たなければならなくなった。済まない」という気持ちが表れているというのである。

 目の前で落とし物をした人を呼び止めるのにも「すみません」と“謝って”しまうことがある。これも「声をかけ驚かして済まない」の気持ちがあるからだろう。

 「どうも」も、同じように多用される挨拶(あいさつ)語の一つだ。会ったときも別れるときも、お礼も謝罪も、すべて「どうも」で事足りる。そこで坪内逍遥(しょうよう)は、酒のもてなしにあずかった客が「コリャどうも」と言ったきり、会釈して杯を受け取ったことをこう批判する。「交際は挨拶より成る。挨拶を倹約するは、交際を倹約すると同じことなり。交際を倹約して世を渡るは、どうやら人間の名に背(そむ)くかと思はる」(当世書生気質(かたぎ))

 何とも手厳しいが、ときには「どうも」で済ませた方が適切な場合もあるから、日本語は実に複雑である。例えば通夜などで、故人とはあまり親しくない人が長々と、それもいかにも慣れた口調でお悔やみを述べたのでは、遺族がかえって困惑しよう。「このたびはどうも」の後はモゴモゴと口ごもっておいた方が、よほど気が利いているというものである。

 ただしそれとて万能というわけではない。挨拶語は、大阪の読者も指摘するような厳格な使い方をせねばならないときも当然ある。日本語を学びにきた学生さんには、せっかくの機会だからぜひ、いわく言い難い日本語の妙を知り、言葉ににじむ日本人の心にも触れていただきたい−そう願って、老婆心ながら一言書かせていただいた次第である。

 どうも、すみません。(校閲部長 清湖口敏)
-- (引用終了) --


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九条の会はやっぱり
大江健三郎ってすごいですね。朝日も大喜びで載せてます。そりゃ、殴られようが、強奪されようが抵抗されなければ、信頼されますよね。都合の良い財布だって。こういう人の発言を利用して朝日が頑張るわけですよ。

「九条の会」発足5年記念、大江健三郎さんが講演
-- (引用開始)(朝日新聞2009年6月2日23時0分) --
 憲法を守ろうと活動する「九条の会」が2日、発足から丸5年となったことを記念して東京都千代田区の日比谷公会堂で講演会を開いた。呼びかけ人の一人で、昨年末に亡くなった加藤周一さんの志を受け継ごうと、壇上には加藤さんの写真が掲げられた。

 講演した作家の大江健三郎さんは「核保有国と非核保有国との間に信頼関係がなければ、核廃絶は始まらない」という加藤さんの指摘を紹介。「そんな信頼関係などあるものかと笑いを浮かべた人もいるでしょう。例えば北朝鮮との間に。でも私は日本としてのやり方はあると思う。私たちが不戦の憲法を守り通す態度を貫くなら、信頼を作り出す大きな条件となるのではないか」と語った。
-- (引用終了) --


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九条の会は北朝鮮にどう対応するのか
高邁な理想を掲げる九条の会ですが、北朝鮮にどう働きかけているのでしょうか。

オフィシャルサイトのURLを示しますので、興味のある方はたどってください。
http://www.9-jo.jp/

そのサイトから、呼びかけ人のプロフィールだけは紹介しておきましょう。

「九条の会」呼びかけ人・9人のプロフィール
井上 ひさし
1934年生まれ。
劇作、小説の両方で大活躍。日本ペンクラブ会長。

梅原 猛
1925年生まれ。
古代史や万葉集の研究から築いた「梅原日本学」で著名。

大江 健三郎
1935年生まれ。
核時代や民衆の歴史を想像力を駆使して小説で描いてきた。ノーベル文学賞受賞。

奥平 康弘
1929年生まれ。
「表現の自由」研究の第一人者。東京大学名誉教授。

小田 実
1932年生まれ。
ベトナム反戦などで活躍。地元・兵庫で震災被災者の個人補償求め運動。

加藤 周一
1919年生まれ。
東西文化に通じた旺盛な評論活動を展開。医師でもある。

澤地 久枝
1930年生まれ。
戦争による女性の悲劇を次々発掘。エッセーも。

鶴見 俊輔
1922年生まれ。
『思想の科学』を主導。日常性に依拠した柔軟な思想を展開。

三木 睦子
1917年生まれ。
故三木武夫元首相夫人。アジア婦人友好会会長を務めるなど国際交流活動で活躍。




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