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六四
六四といってもお湯割ではありません。

産経新聞の記事が、結構力入れてあるなと思っている次第です。
何と言っても、明後日の六月四日が、天安門大虐殺二十周年ですからね。別に二十も十九も同じといえば同じですが。

産経の世界移行期、第二部 遥かなる天安門 7、本日付、ウェブ掲載はたぶん一日遅れ
の記事を読んで、「おお」っと思ったのだけれど、・・同時に「本当かぁ」と思ったことが次のこと。

「天安門事件の虐殺が無ければ、その半年後に冷戦崩壊が起きることもなかった。ハンガリー動乱では平氏が発砲をためらわなかったのに、東ドイツの平氏はベルリンの壁に押し寄せる人々に向けて引き金を引けなかったではないか。天安門事件の光景が兵士にそうさせたのだ。」

この因果論が「本当かぁ」の世界なのです。というのは、東ドイツの兵隊が、天安門を知っていたかです。動画や記事でで見ていたのかという疑問です。見ていたとしたら、誰が見せたのでしょうか。東ドイツ政府ですか、軍隊ですか。日本人だって、朝日新聞などの工作のために、天安門を大虐殺だと認識していない人が未だに多いのです。だから、厳氏の立場を補正せずに、平気で載せた記者は??と思う次第。

この説は、天安門事件で故国を追われた社会科学者、厳家其氏の言ですね。何か、安易な引用、論理の展開のようで、かなり残念に思います。一般大衆が天安門を見たために、ベルリンの壁に押し寄せたという論理なら、もう少し賛意を表したいと思いますが。・・この学者の論理展開だと、一般大衆は天安門虐殺があったから、ベルリンの壁に近づくことが出来なかった・・となると思うわけですよ。

もうひとつの「本当かぁ」の視点は、東ドイツと中共との人間に対する感覚の違いです。支那では人命というのは多分軽いのです。天安門を見ていなくても、やはり撃てなかったのではないかと思うのです。もちろん、撃てたかもしれません。ただ、その時の指揮官は撃たせなかったということだと思うのです。

中共からの(中国という表記は避けています)日本への合法、違法渡航者にまず教えなくてはならないのは、「日本というのはお国と違って人名が大切な国なのだから、人殺しをしないように」ということだと喝破した人がいます。あー、なるほどなと思いました。日本人は衣食足りて(最低限の)礼節を知っているのです。

いくら、共産国家の東ドイツでも、そうではないだろうと思った次第です。スターリン時代のソ連ならば、なぎ倒したでしょう。ハンガリー動乱、プラハの春を押しつぶした、五十年代、六十年代も同じです。時代が熟成してきたのです。その中で、命が安く、共産党独裁の中共という国だから、大虐殺が起こったのでしょう。


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