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東京オリンピックをボイコットします


利権と朝鮮まみれのオリンピック、もう興味が無くなりました。

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祝・軍艦島世界文化遺産登録
日本で唯一の、強制労働が行われた軍艦島がついに登録されました。もはや、長崎の原爆よりもメモリアルな登録となりました。長崎県、九州の皆様、おめでとうございます。それから、廃墟マニアの方、おめでとうございます。でも、整備されてしまったらマニアには無意味な施設になりますね。

軍艦島世界遺産登録

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サヨクの自殺 内田樹, 白井聡


サヨクというのは、相手を攻撃するためには品位も事実も関係ないことがよく分かります。場末の飲み屋での会話ならまだしも、こんなのを掲載するLITERAとやらも押して知るべしです。

まあ、このような無責任な放談を行う人たちの記録を残しておきましょう。

-- (引用開始)(LITERA) --
シリーズ■安倍晋三の問題は政治性でなく人間性だ!
内田樹と白井聡、気鋭の学者2人が安倍首相を「人格乖離」「インポ・マッチョ」と徹底批判
安倍首相は人格乖離、マッチョなのにインポなレイプ魔だ。

 こんなことを言うと、ネトウヨの皆さんは「反日極左サイトがまたぞろ安倍ちゃんをディスってる!」と喚き立てるかもしれない文字色が、これは、本サイトの弁ではない。安倍首相のことをこんなふうに形容しているのは2人の学者だ。

 ひとりは、さまざまな分野にわたる鋭い批評で左右を超えた幅広い支持を得ている思想家の内田樹。もうひとりは、『永続敗戦論』(太田出版)などの論考で注目される若手政治学者・白井聡。2人はこの2月、『日本戦後史論』(徳間書店)という対談本を出版し、安倍首相のことをケチョンケチョンにけなしているのだ。

 まず、内田は、安倍首相が「積極的平和主義」や「歴史認識」について、極端な政策を次々打ち出していることについて、こう語っている。

「安倍首相はたぶん人格乖離しているんだと思います。本人を知っているという人から聞くと、とってもいい人なんだそうです。(略)でも、それが政治家になるとまるで別人に変わる。ということは、政治家の方の人格がかなりの部分まで演劇的に構築されたバーチャル・キャラクターだということです」
「生身の自分の弱い部分を切り離して作ったバーチャル・キャラクターだから、やることが極端なんです」

 そして、第一次政権時には村山談話を見直すことを示唆していた安倍首相が、2013年秋の国会では一転して「これまでの歴代内閣の立場を引き継ぐ」と答弁したことについても、以下のように斬って捨てる。

「発言が極端に振れて、空気を吸うように食言できるのは、内的葛藤がないからです。そのつど『この局面ではこの台詞』というのが決まっていて、決めの通りにしゃべっている。ああいう家柄ですから、きっと子どものころから自分の個性や欲望は抑えてきたんでしょう。どこの学校に行くか、どこに就職するか、いつ父親の秘書になるか、いつどの選挙区から立候補するか、全部あらかじめ決められている。そういうがちがちに決めつけられた環境を生きてきたわけですから、生身の自分は身体の奥の方に押し込められて出てこない」

 白井の安倍評はもっと過激だ。内田の人格乖離発言を受けて、このように言う。

「不思議なのは、安倍首相がお父さんの晋太郎さんの話をまったくしないことです。おじいちゃんの岸信介の話ばかりする。たぶん晋三から見て、晋太郎の政治家としてのスタンスは全然男らしくないと映るんでしょう。じいちゃんは本物の男だった、それを受け継ぐんだということなのでしょう。ところが、戦に強いということを誇りにはできない、もう男になれないというのは、戦後日本の所与の条件なんですよね。軍事的にインポテンツであることを運命づけられている」
「それで、インポ・マッチョというのが一番性質が悪い。自分がインポであるというのを何がなんでも否定する。それが敗戦の否認ということの言い換えなのですが。そういう人間は首尾一貫しないことをやる」

 リテラでさえ使うのを憚るような激しい非難だが、しかし、これらの言葉は、たんなる安倍首相への人格攻撃ではない。対談をじっくり読めば、現在の日本という国家のありようを鋭く突き刺す言葉であることがわかってくる。

 たとえば、マッチョなのにインポだという苛立ち。これは、安倍首相をはじめとする日本の右派勢力の最大のモチベーションとなっているものだ。戦争に強いという国家の誇りを取り戻したいのに、憲法によってそれができないと考えているからこそ、彼らは憲法を攻撃する。そこにあるのは、非常にエモーショナルな動機であって、現実の政策判断とはほとんど関係がない。

 実は、白井は彼の名を世に知らしめた代表作『永続敗戦論』でも同様のことを指摘している。日本では8月15日を「終戦記念日」と呼ぶが、このように、戦後日本は史実としての「敗戦」を「終戦」にすり替えることで、その意味するところを曖昧化させてきた。そして、〈敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる〉という構図が継続している状態を、白井は「永続敗戦」と呼んだ。

 戦後日本は、東西冷戦の構図のなかで、この永続敗戦というレジームのもとに運営されてきた。それゆえに、この国のエスタブリッシュメントは一種の“ねじれ”を抱えている。たとえば日本の保守改憲派は、平和憲法をGHQから押し付けられた「まがいもの」とみなし、「自主憲法」の必要性を声高に叫ぶ。だが一方で、くだんの憲法を「押し付けた」はずのアメリカには従属し続けるという倒錯的な外交姿勢を貫いている。

 つまり、彼らがマッチョイズムを傷つけぬまま“ねじれ”を解消させるためには、徹底的に「敗戦の否認」を行う他ない。それは「米国による対日処理」を完全に否定することだ。しかし、戦後処理は東京裁判やサンフランシスコ講和条約と繋がっているから、現実にそれを達成することはほぼ不可能である。

 実際、安倍政権でも歴史の修正という「敗戦の否認」の動きを活発化させようとしながら、そのたびにアメリカの“にらみ”で抑制されているのが実情だ。そして、日本の右派勢力はアメリカににらまれたとたん、簡単に屈服して、それまで声高に叫んでいた「大東亜戦争の肯定」を引っ込める、日米開戦はルーズベルトの罠だと主張しながら、現実的にはアメリカの犬となる、そういった矛盾した行動を繰り返してきた。

〈ゆえに彼らは、国内およびアジアに対しては敗戦を否認してみせることによって自らの「信念」を満足させながら、自分たちの勢力を容認し支えてくれる米国に対しては卑屈な臣従を続ける、といういじましいマスターベーターと堕し、かつそのような自らの姿に満足を覚えてきた。敗戦を否認するがゆえに敗北が無期限に続く──それが「永続敗戦」という概念が指し示す状況である〉(『永続敗戦論』)

 思えば集団的自衛権の行使容認も、安倍首相らはそれを「自主性の回復」などと称しているが、実際には長年にわたるアメリカの要求を自民党が呑んだにすぎない。つまり、対米隷属の態度を貫いていることには変わらない。白井は内田との対談のなかでこう述べている。

「安倍さんの最近の憲法に関する発言を見ていて気持ち悪いのは、(日本国)憲法が大嫌いなはずのくせに褒めることです。『解釈改憲をすることによって、憲法九条の平和主義の精神をより一層実現することができるんだ』などと言うわけですよね。(略)これは憲法に対するレイプですよ。なんでそういうレイプをしたいのかというと、憲法はアメリカの置き土産なわけですから、アメリカの分身ですよね。そのアメリカの分身をアメリカの命令によってレイプするという奇妙奇天烈な状況にある。世界最強の軍隊の活動に自衛隊を差し出せば世界最強軍団の一部になれるってわけです。これはつまり、アメリカというバイアグラを飲んで無理矢理勃たせるということです」

 アメリカ=バイアグラというのはなかなか言い得て妙な表現だが、しかし、一方の内田は安倍首相がその「永続敗戦」というジレンマや矛盾を自覚しておらず、むしろ「不思議なやり方」で処理していると述べる。

「かつての『対米従属を通じての対米自立』は一人の人間の中に面従腹背という葛藤を呼び込んだ。だから言うことがわかりにくいものになった。でも、安倍さんは違う。『対米従属』と『アメリカが嫌がることをする権利』がバーター交換されている」

 たとえば、普天間基地問題で仲井眞沖縄県知事(当時)を懐柔した直後におこなった靖国参拝や、集団的自衛権行使容認の閣議決定の直後に解除した北朝鮮への経済制裁。これらが「バーター」だったというのである。

「問題は、従属の代償に受け取るのは『アメリカが嫌がることをする権利』であって、日本の国益ではないということです。(略)本来なら国益と国益のトレードのレベルの話であったものが、国益と(靖国参拝に代表される)私益のトレードの次元に移動している。だからこそ、葛藤がないんです。日本が何かを失って、その代わりに安倍晋三個人が何かを得るという構図ですから、葛藤のしようがない。僕が人格乖離というのはそのような状態のことです」(内田)

 ようするに、日本という国が安倍首相の個人的なマスターベーションの道具になっていると、内田はいうのだ。しかも、その存在はアメリカをはじめとする国際社会にとっても脅威になっていると分析。「今やアメリカの東アジア戦略上の最大のリスクファクターは安倍晋三です」と断言する。

 そういえば、先日来日したメルケル独首相も、講演会や民主党の岡田代表との会談などで、明らかに安倍政権の歴史修正主義の動きを危険視する発言をしている。

「人格乖離」の「インポ・マッチョ」な首相に引きずられて、日本はいったいどこに向かうのだろうか。
(梶田陽介)
-- (引用終了) --


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謝ったら負け
マクドの調子が悪いそうで・・・

期限切れ肉:日本に5956トン 全量マックとファミマ
-- (引用開始)(毎日新聞 2014年07月23日 21時06分(最終更新 07月23日 21時11分) ) --
 中国の米国系食品加工会社「上海福喜食品」が日本マクドナルド向けなどの加工品に期限切れの鶏肉や牛肉を混ぜていたとされる問題で、 厚生労働省は23日、上海福喜から日本国内への輸入量は今月21日までの1年間に計5956トンだったと明らかにした。
輸入業者への聞き取りではファミリーマートに約180トン、日本マクドナルドに残り全量が納められ、流通先はこの2社に限られるという。
-- (引用終了) --

これに対して日本マクドナルドの社長の弁
マクド_カサノバ社長

これくらい言えないと出世できないアメリカ
マクドは騙された

こんなの食べさせておいて、よく言うよ
マクド_緑肉

グロイ写真三点セットでした。


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なぜ韓国は歴史を書き換えたのか――その動機と背景を考える(後半)
李承晩は「りしょうばん」と読みたいですね。朝鮮・韓国人は読み替えてもらいたいでしょうが、忘れることのできない名前です。


-- (引用開始)(言論プラットフォーム2013年09月21日05:52) --
なぜ韓国は歴史を書き換えたのか――その動機と背景を考える(後半)

韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。

日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。


この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。

李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。

李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。

朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。

当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。

その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。

太平洋戦争当時、韓国は爆撃も受けず、実質徴兵もなく(*若干の徴兵者は戦線投入前に終戦)、物資の徴発と労務の強制だけという、“植民地”としては破格の待遇を受けた。結果、終戦時、内地は大量の戦死者を出して灰燼に帰したが、韓国はほぼ無傷の状態だった。つまり、戦後、日本と韓国の経済社会状態は完全に逆転していたのである。ところが、李承晩が去った時には、韓国は最貧国へと転落しており、両者の状態は再逆転していた。

結局、李承晩は、韓国社会と経済の発展には何一つ貢献せず、ただ単に独裁権力を振り回して圧政を敷き、自国民を大量虐殺し、貧困化させただけだった。ちなみに、韓国政府は未だにこの恥部を隠蔽し、逆に日本軍によるありもしない虐殺はでっち上げて、子供たちに嘘の歴史を教えているのだから、半ば共犯者みたいなものではないか。

なぜ嘘の国史が継承されていったのか?
李承晩亡命の後、韓国はしばし混乱したが、最終的に権力を掌握したのが朴正煕だった。周知の通り、彼は旧軍将校の出であり、日韓基本条約の締結によって両国関係を正常化させ、日本から莫大な資金を獲得した。朴は鉄鋼や石油化学などの重工業の育成と社会インフラの拡充を行い、「漢江の奇跡」と称される高度経済成長を実現した。

もっとも、国家予算の倍以上に及ぶ日本の資金と、使命感をもって手取り足取り技術やノウハウを教えてくれる隣人がいれば、勤勉な韓国人ならば「奇跡」を起こすことはそれほど難しいとは思えない。こうして韓国は、一度ならず二度までも、日本の援助と協力によって、貧困から脱することができたのである。

だが、朴正煕大統領もまた、日本を絶対悪とするプロパガンダを修正することはなかった。彼は反政府的なデモや運動を徹底的に弾圧したため、一部の市民からは怨嗟の的になった。必然的に内部の軋轢を生む軍事独裁政治にとって、人々の憎しみや不満の矛先を反らせる対象は不可欠である。北朝鮮とか共産主義者では役不足だった。だいたい反政府的な者はそのシンパが多かったのだ。思想の区分に関係ない「人民の敵」を必要とした。

そういった政治的な思惑からか、朴正煕は日本悪魔化教育をそのまま引き継いだ。さらに日本の経済援助による成果もすべて自分の功績にしてしまったのだから、日本で一般に信じられている人物像とは違い、あまりフェアな人物だったとは言い難い。いや、それどころか、どうやら余計なものを公教育に付け足したらしい。それが「わが民族は昔から偉大だった」式のプライドの醸成である。つまり、自尊史観を強化したらしいのである(*ただし、これに関しては手元に資料がなく、あくまで伝聞である点をお断りしておく)。

しかし、それは裏を返せば日本を「文化後進国」と貶めることでもあった。というのも、他者との比較によって自民族の優秀さが浮かび上がるわけだが、その対象は当然、中国ではありえず、古代・中世の日本だからである。韓国の子供たちは、「先祖が日本人に○○を教えてあげた」とか「昔は日本よりも進んでいた」と教えられる。韓国が伝えた先進文化として挙げられるのが、古代には稲作・織物・建築・仏教・紙・文字、秀吉の侵略時には陶器の製作技術、江戸時代には朝鮮通信使による医学・儒学・書画などだ。

こうして、日本との相対化によって「明治維新までは韓国のほうが文化先進国だった」とか、「わが先祖は野蛮な日本人を文明化させた先生である」というふうに、民族的な優越感を持つようになる。そこへ秀吉の侵略や近代日本の侵略を大きく取り上げるわけだから、当然、「恩を仇で返された」と憤慨するようになる。こうして、現代にいたる、日本に対する優越感と被害者意識の両方を育むような「おかしな歴史教育」の基礎が完成する。

その後に大統領になった全斗煥・盧泰愚も、朴と同じ陸士系列であり、反日教育を引き継いでいった。理由はやはり上と同じようなものだろう。軍事政権はどうしても人々の憎しみを引き受けてくれる対象を必要とする。ましてや全斗煥は、いきなり光州事件のような市民の弾圧を行った人物である。また彼は、朴のような奇跡をやりたくて、日本から巨額の経済援助を引き出そうとした。そのための手段として、教科書問題で因縁をつけにかかった――そういう男がなんで反日教育を修正するだろうか。

1988年、韓国はようやく民主体制に移行した。建前では、思想言論の自由もほぼ保障された。しかし、40年にわたる対内プロパガンダによって「偽の記憶」が完全に既成事実化しており、もはや手遅れになっていた。韓国人はすっかり「建国の父」と精神的に一体化していたのである。今や独立運動家たちが韓民族のアイデンティティなのだ。つまり、一般国民が「われわれは日帝という悪魔と勇敢に戦って勝利した」と思い込んでおり、その神話の守護者なので、覆すのは容易ではなくなっているのだ。

初めから存在しない“日韓友好”
さて、私にも韓国人との個人的な付き合いがなかったわけではない。その時の経験を言うと「とても他人とは思えない」というものだ。私の周りには、韓国人とビジネスをして騙された、パクられた、代金を踏み倒されたという人がいるが、幸い私は一度も嫌な思いをしたことがない。だから、個人的には、知人の韓国人は今でも親戚のように思っている。

おそらく、百年前の日本人が、いささか常軌を逸した善意と使命感をもって韓国社会の近代化に身を捧げたのも、こういう感情からではなかったか。「他人とは思えない」とか「生き別れた兄弟が惨めな境遇にあるように見えた」というのが、案外真相だと思う。

ただ、そういう個人の付き合いの中で、聡明で温厚な韓国人でさえ、ふと何かの拍子で歴史に話題が及ぶと、顔色が変わる点については奇異に思っていた。それはあたかも子供の頃に虐待を受けた人が、フラッシュバックで苦しめられる様に似ていた。

私がその理由を知ったのは今から十五年前、翻訳された韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。韓国政府の嘘と捏造はそこまで容赦がないのだ。すぐに危険だと直感した。子供たちは当然、それがすべて事実だと信じ込んで育つ。これは日本が戦時中に喧伝した鬼畜米英以上の“鬼畜日本”プロパガンダに等しい。

韓国の歴史教育が描く日韓関係とは、いわば「100%の加害者と100%の被害者」であり「絶対的な悪と絶対的な正義」のそれである。いかにもニセモノの英雄が考えそうな安っぽい勧善懲悪のストーリーになっている。李承晩が初代大統領として独裁権力を手にしたため、こんなフィクションが本当に建国神話となり、かつその洗脳が今日まで続いたことで、一般の韓国人までもがこのニセモノと精神的に一体化してしまった。

韓国とは、こういう特定の民族への憎悪と偏見を植え付ける洗脳教育を国家として65年間も続けてきたアブノーマルな国なのだ。しかも、事実に反するまがい物を「正しい歴史認識」などと称して、日本人にも強制しようとしている。国を挙げて科学的・客観的に事実でないことを信じているわけだから、これはもう“信仰”の域である。つまり、この地球上には、キリスト教国・イスラム教国・仏教国のほかに、第四の「反日真理教国」が存在すると思ったほうがいい。韓国とは一個のカルト教団なのだ。

だから、韓国が友好国だとか、同じ価値観を共有するパートナーだとか真顔で言っている日本人は、よほどの無知か、馬鹿がつくお人好しか、手先系か、どれかである。事実はもっとも非友好的で、価値観の異なる国なのだ。彼ら親韓派(隷韓派?)は今、韓国の“突然の”反日にうろたえ、「日韓はこれまでうまくやってきたはずなのに」とか、「政治家や政府のレベルでやり合っているだけで、しばらくしたら元の友好関係に戻れるはずだ」などとオロオロしている。「馬鹿につける薬はない」とはこのことだ。

韓国とは、もともと、こういう国なのであり、今や片っ端から因縁をつけ始めたのは、情勢の変化により本性を隠す必要がなくなっただけの話である。そもそも、日本人の考える日韓友好と、韓国人の考えるそれとでは、大きな隔たりがある。日本人は文字通り「対等な友人関係」をイメージする。ところが、韓国人の中では「100%の加害者と100%の被害者」という関係が前提になっていて、それゆえ彼らが「友好」とか「協力」を口にする場合、「日本人は加害者としての己の立場をよくわきまえろ」という意味が込められているのである。それは換言するなら「被害者に尽くせ」という意味だ。

よって、日韓が和解する必要性があるか否かはまた違う次元の問題として、それができると信じるのはナイーブにすぎる。日韓の個人的な交流と対話はぜひ推進すべきだが、その効果に過大な期待は禁物である。それはちょうど後方でエイリアンの卵を次々と産み続ける母体を放置しながら、前線で襲ってくる固体だけを倒すに等しい。それらが真に効果を発揮するには、まず母体(子供たちへの反日洗脳教育)を倒されねばならない。

しかし、極度に誤っているとはいえ、その国の教育は、あくまで内政問題である。改革できるとすれば、韓国人しかいない。その可能性については、私からは何ともいえない。ただ、しょせんは、まがい物を「正当」とする非科学のオカルトである。真実の光が照射されるなら、虚偽は次第に溶解していく。ただ、それはある意味、大韓民国の「国体崩壊」に等しい。だから、政府は、歴史の真実を恐れ、事実上、思想言論の自由を統制し、口封じまでやっている。それは見方を替えれば「悪あがき」とも受け取れる。

一方、日本のとるべき態度ははっきりしていないだろうか。まず「歴史教科書を事実に沿って書き直せ」と要求していくべきだ。事ここに至っては内政問題もヘチマもない。韓国はこれまで子供たちに日本に対する憎悪と偏見を植え付けながら、政治レベルでは友人やパートナーのフリをしてきた。そうやって二重人格的な外交で日本を騙し、うまく利用してきたともいえる。おそらく、内心では「日本人をかつぐなんてチョロイもんよ」と舌を出していたのだろう。だが、これからは、表面では「日韓は互いに協力し合うべきだ」とか「本当は日本が嫌いじゃない」などとごまかしながら、裏では公教育で日本を悪魔だと喧伝するような欺瞞的な対日姿勢は通用しない。もうその手は食わない。

歴史の真実を直視しない韓国人に未来はない。まずは大本を正すべきだ。話はそれからだ。


(フリーランスライター 山田高明)
-- (引用終了) --


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